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日本人の行く末

対談集 日本人への遺言対談集 日本人への遺言
(1997/01)
司馬 遼太郎、宮崎 駿 他

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我死ぬにあたわず。


最近、歳のせいなのか、時代小説ばかり読んでいる。
その昔、池波正太郎は「鬼平犯科帳」を執筆するにあたり、長谷川平蔵を描くには、自分は40の歳になるまで描くことを抑えた。というようなことを言っていた。30代の浮ついた雰囲気では描けないと。練れた人物を描くにはそうせざるを得なかったと。そうなんだろうな。そうかもしれない。
私は若い頃、ジャン・ボードリヤールやジル・ドゥルーズを読んで粋がっていた。村上春樹やJ・D・サリンジャーを読んでカッコつけてた。でも、もう良い。今は、純日本の物語の中で寛ぎたい。いなせな江戸の市井の会話や、堀端の猪船の灯りに安堵したい。だからと言って、老生してしまったわけではない。懐古主義でもない。

表題で、壮大なことを言ってしまったが、そのことだ。
自分の足元を見よう。自分等は、何処から来て何処に行くのだろう。そんなことだ。
歴史学的に見ると、近世・江戸時代は現代の民主主義の範疇にあり、明治維新は必然だったと。幕藩体制はその円熟期に既に、制度矛盾に直面していたと。現に、江戸期はフランスの様に民主革命は起こらなかったが、潜在的には文化も経済も民主へと傾倒していた。明治はしたがって、必然であった。そして、富国強兵、帝国主義、途中、大正という頽廃を経て昭和恐慌、大戦、敗戦、高度経済成長、バブル崩壊、斜陽期へ。それは、息もつかない一連の流れであったが、基本的に今の今まで維新の頃と変わっていないと。ゼロから列強の仲間入りするのも、焦土の中から経済大国になるのも、ベクトルの方向は、同じであったのではないか。何時までも、西洋かぶれの負けん気の強い若造であったのか。

そろそろ、斜陽と言われようと落ち目と言われようと、深い歴史に根付いた円熟期に向かうべきなのではないかと。浅知恵ながら、そう思った次第である。温故知新とか歴史に学べ。などと、教訓めいたことは思わない。唯、本来の日本人は、もっと明快で聡明でしかも、あっけらかんとしていたのじゃないかと思う。深く考えすぎなのだ。日本がんばろう!とか言わないようにしよう。思うに、その素性は鎌倉・室町時代の日本人だと私は見ている。深淵な知己と老成な、冷徹を持って上眼がち行こう。

初冬の富山
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